高安動脈炎は、大動脈を中心とした太い血管に起きる炎症によって狭窄(きょうさく)や拡張を生じ、多様な症状を示す病気です。「高安病」とも呼ばれますが、1908年にこの病気を報告した眼科医の高安右人(たかやす みきと)博士のお名前から付けられています。
以前は大動脈炎症候群と呼ばれてきました。国際的に高安動脈炎と呼ばれていること、全身性の疾患であり必ずしも大動脈だけに病変の場所が限られていないこと、発見者に対する敬意、などの理由で、当院の磯部医師の提案のもと、「高安動脈炎」が特定疾患として正式な呼称となりました。「脈なし病」と呼ばれていたこともあります。
ほとんどの患者さんが若い女性で10代から30代で発病しますが、中高年以降で発病される方も珍しくありません。厚生労働省の集計では現在約7,000人の患者さんが登録されており、年々増加しています。病気の原因はまだよくわかっていません。症状が多様で早期診断が困難なことも、この病気の特徴です。
近年、画像を中心とした早期診断法と、免疫抑制薬を中心とした治療法の進歩によって、患者さんの経過は大きく改善しています。重症例も著しく減りました。しかし、この疾患に罹患した方は後遺症が残ることもあり、長期的な注意も必要です。
このような疾患の特徴から、患者のみなさんは専門医と相談し、根気よく病気と付き合っていくことが大切です。
当院では院長の磯部医師を中心に、多くの高安動脈炎の患者さんを診療しています。このページでは、高安動脈炎とはどのような病気か、また、診断方法と治療についてご説明します。
高安動脈炎は、自己免疫疾患である膠原病の一つのタイプと考えられますが、その原因はまだわかっていません。まれに母娘や姉妹で発病される方がいることから、何らかの体質が関係している可能性があります。しかし、いわゆる遺伝性疾患ではありません。体質の部分については現在研究が進んでいます。また、患者さんのそれまでの生活や環境との関連は、特にありません。ですので、原因についてくよくよ考えないことが大事です。
初発の症状はさまざまですが、風邪と間違われることも多く、長く診断がつかないことも珍しくありません。一番多いのは、上肢の症状と発熱などの全身症状です。歯の痛みや聴力障害(難聴、耳鳴り)もしばしば見られます。下痢、頑固な肩こり、シャンプーやドライヤーが使えない、後ろを振り向けないなども、この病気に特有の症状で、お困りの方がとても多い症状です。
この病気は、全身のさまざまな臓器や組織に炎症が見られることが特徴です。下腿を中心に皮疹(結節性紅斑)がよく見られます。また患者さんのうち約8%が、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患を合併します。肺や心臓の合併症も見られます。頑固な肩こりも、血管の障害に関連していると考えられています。患者会(あけぼの会)のアンケート調査では、低気圧で体調が悪くなると訴える方が3割程度いらっしゃいます。理由はよくわかっていません。
高安動脈炎の疑いがあるとき、次のような検査・診断が行われます。必ずしも、すべての検査を行うわけではありませんが、血液・画像検査は必須です。最近は画像診断の進歩で早期診断が可能になり、診療に大きく役立つようになりました。
HLAとは、人により異なる組織の型です。この病気では、50%以上の方がHLA-B52という型を持つという特徴があります(一般日本人では約10%)。
CTの画像をコンピュータを使って3次元的に再構成すると、血管の様子がよくわかります。安全性の高い検査ですが、まれに造影剤にアレルギー反応を起こす方がいます。左側の画像では上行大動脈の拡張、中央では左鎖骨下動脈の閉塞、右側は断層写真で大動脈の壁が厚くなっていることが分かります。
MRAは、磁気共鳴画像(MRI)を用いて、血管を中心に再構成して得られる画像です。放射線の被曝はありませんが、造影剤が必要です。撮影時間もCTより長くなります。高安動脈炎の診断、治療効果の判定、長期的な経過観察によく使われ、信頼性と安全性の高い検査です。一方で、細い血管がきれいに写らない、撮影に時間がかかるなどの欠点もあります。下の右側の画像では、大動脈の壁厚が赤く染まって見えます。
PETは、造影剤が不要で、安全性の高い検査です。高安病の炎症がある血管が濃く(赤く)染まります。現在活動性の炎症があるかどうか、どの場所に炎症があるかなどを知るために用いられる、最も信頼性が高い検査です。治療効果の判定、手術前の炎症の評価などにも使われます。既に診断がついている患者さんに限り、保険診療のもとで検査が可能となりました。
※榊原記念病院ではPET検査を行っていません。検査の必要があるときは、信頼できる医療機関をご紹介します。
頸動脈エコーは、安全に頸動脈の壁厚を測定できる検査です。下記の画像では赤いところが血液が流れている部分(血管内腔)で、矢印で示す箇所が肥厚した血管壁です。頸部しか検査をすることはできませんが、安全に繰り返し検査をすることが可能です。
心臓超音波(心エコー)は、簡便で安全な検査です。心臓の働き、逆流の程度などが短時間でわかります。大動脈弁閉鎖不全のある方は、定期的に行うべき検査です。
高安動脈炎は、大血管の炎症によって引き起こされる全身性の疾患です。さまざまな合併症が患者さんを苦しめます。いくつかの合併症を併せ持つ方も多く、人によって程度も広がりもさまざまです。したがって、循環器内科、膠原病内科、心臓外科、血管外科、消化器内科、眼科、耳鼻咽喉科、婦人科など多くの専門医が協力し合い、患者さんの診療にあたることが非常に大切です。
2000年以降に発病した患者さんでは、発病から診断されるまでの期間が大幅に短くなっています。下記は、東京医科歯科大学でかかった患者さんの統計ですが、合併症は減ってきています。また、失明された方や透析になった方はいませんでした。
血管のどの部位に炎症があるかで、TypeIからVに分類します。下図の右側は、B52陽性者、血管病変の部位、免疫抑制剤を必要とした人、手術を行った人の割合です。90%以上の患者は弓部三血管(腕頭動脈、総頸動脈、左鎖骨下動脈)に病変をお持ちです。赤の40歳以上発症者では、青の39歳以前の発症者と比べて、冠動脈病変、高血圧の人が多い傾向にあります。(東京医科歯科大学にかかった患者さんの統計です)
治療の基本は副腎皮質ステロイドであるプレドニンです。通常は体重1kgあたり0.8~1mg程度のプレドニンを2から4週間をメドに内服して、効果を見ながら徐々に減らしていきます。減らし方や維持量はケースによって異なります。プレドニンを止められるか、については一定の見解がありません。通常は長期間少量の内服を継続します。
プレドニンの内服を始めると速やかに炎症が沈静化し、症状も一気に改善します。しかし、プレドニンで炎症がいったん治まっても、減量の過程で過半数の方が再燃します。プレドニン治療で皆さんの病気が治まるわけではありません。
ステロイドの副作用は心配ですが、用心しながら使わざるを得ないのが現状です。
副腎皮質ホルモンには、次のような副作用があります。副作用の概要を知り、主治医と相談をしながら、慎重に経過を追っていくことが大切です。副腎皮質ホルモンは、急に中断すると、離脱症候群という重い副作用を起こすことがあります。自己判断による中断は危険です。
<特に注意が必要な副作用>
ステロイドの効果が不十分な方、副作用で使用が困難な方にアクテムラが保険診療で使用できます。通常、ステロイドと併用します。自宅で週1回注射する薬です。有効率はステロイドより高く、多くの方でステロイドの減量が可能となります。ただ、治療中に炎症が再燃する方や、無効である場合にもCRPが上昇しないため、診断が難しくなることがあります。
他に保険診療が認められている免疫抑制剤は、アザチオプリンとシクロフォスファミドです。保険診療外ですが、メトトレキセートやプログラフ、イムラン、ネオーラルなども使用されます。薬剤ごとに副作用があり、注意が必要です。どの薬剤を使用するかは、医師や医療施設によって考え方が異なります。
当院では、プレドニンで再燃されたかたを中心に、アクテムラをはじめ各種の免疫抑制剤をそれぞれの患者さんの病状やご希望に合わせて適切に使用し、効果をあげています。アクテムラは2022年現在、30例以上の方に使用しています。プレドニンの減量、中止に至っている方も少なくありません。今のところ重い副作用を起こした方はおられません。アクテムラ使用から離脱された方もおられます。少数ですが、プレドニンや免疫抑制剤を減量することができない方もおられます。
高安動脈炎では、高血圧や弁膜症、心不全、狭心症、血栓症などの合併症を併発することがあります。それに応じて薬物療法が行われます。これらの疾患の治療は、近年めざましく進歩しています。
血管のバイパス手術や弁膜症の手術が必要となることもありますが、一部の患者さんです(20%~25%)。手術を行う場合、時期は慎重に検討する必要があります。炎症が治まっていることが望ましく、かつ合併症が大事をきたす前に手術を行うことが必要です。心臓手術、血管手術の進歩はめざましく、安全性が高くなりました。炎症が治まらない時期に行なうと再狭窄がとても多い、という専門家の発表が多数あります。
血管内治療(風船、ステント)の有効性についてはまだ定まっていません。冠動脈、頸動脈、腎動脈などにステント治療を行うと高率に再狭窄、再閉塞が起き、再治療が必要になります。特に未診断や炎症がおさまっていない場合は、可能な限り血管内治療を避けることが求められます。
大動脈瘤の患者さんはMRAやCTで経過観察を行いますが、疼痛を伴う場合、拡大傾向の明らかな場合、一定の大きさを超えた場合は、手術を検討します。
大動脈拡張の結果として生じる、大動脈閉鎖不全は、手術以外に治す方法がありません。血液の逆流がある程度あり、心臓に負担が大きい場合には手術が必要になります。術後もいくつか注意すべきことがあります。
当院ではこれまでに50例以上の高安動脈炎の患者さんの心臓・血管手術を行ってきました。それぞれの患者さんの病状、免疫抑制、心臓血管の状態、ご希望などを勘案して、適切な時期に適切な術式で、開心手術、バイパス手術、カテーテル治療を行っています。
特に、冠動脈の入口部狭窄の方に冠動脈形成術を行い成果をあげています。
高安動脈炎は長い臨床経過をとりますが、炎症はやがて沈静化します。ステロイド単独での緩解導入治療で炎症が治まる患者さんは約3割程度です。再燃が多い病気です。早く炎症を抑えて、合併症の出現を最小限にすることが治療の目的になります。一旦炎症が治まっても、10年、20年経って炎症が再燃した方を経験したことがあります。根気よく病気とつきあうことが必要です。
一旦炎症を起こした血管は血栓症の原因となることもあります。健康な人でも動脈硬化は年とともに進みますが、高安動脈炎の人は進行が早いと考えられますので、特に注意が必要です。
比較的若い女性の患者さんが多いため、しばしばご質問を受けます。かなり病状の重い方でも無事に出産されたケースが多数あります。人それぞれ状況は異なりますので、主治医とよく相談してください。計画的な妊娠・出産が望まれます。
当院でも、高安動脈炎をお持ちの方の出産を多く経験しています。
炎症が治まった後、治療を継続すべきかどうかは決まりがありません。少量のプレドニンを飲み続ける必要がある方もいますが、中止する方もいます。血栓症の発生を防ぐために、抗血小板薬(血小板凝集抑制薬)は長期的に服用を続けた方がよいとされています。
日常の生活で注意すべきことは、病気の広がり、炎症の程度、合併症、時期、治療内容、年齢などによってひとそれぞれ異なります。良好な状態を長く続けられるように主治医とよく相談し、健康的な日常生活を送っていただきたいと思います。
病気の情報は特定疾患情報. 難病情報センターからも入手可能です。
⇒http://www.nanbyou.or.jp/entry/141(外部サイトへ遷移します)
医師向けの診療ガイドラインも読むことができます。「血管炎症候群の診療ガイドライン. 循環器病の診断と治療に関するガイドライン」(2017年度合同研究班報告、班長 磯部光章)2018
⇒https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_isobe_h.pdf
倫理委員会の承認のもと、研究の成果は論文にして発表しています。同意と協力をいただいた患者のみなさまに感謝いたします。下記はその一部です。
下記のうち一番下の新書では、高安動脈炎の患者さんの苦労や悩み、医師にとっての診断の難しさなどについて触れています。
高安右人先生は明治時代の眼科医です。東京帝国大学から28歳の若さで金沢大学眼科の初代教授に就任され、1908年にこの病気を発見し、報告されました。大学を退官の後は金沢市内で開業され、名医として尊崇を集めました。金沢大学の構内には、その功績を讃えた銅像と碑文が建っています。
現在、多くの患者さんを榊原記念病院(府中)、榊原記念クリニック(新宿)で診療しており、診断、内科治療、外科治療、妊娠・出産に応じています。
新宿のクリニックは磯部医師による高安動脈炎の専門外来です。新患の方はもとより、現在治療中の方でも主治医からの紹介状(データと画像のコピーを含めて)をお持ちいただき、ご予約いただければどなたでも診療いたします。セカンドオピニオンにも応じています。
本疾患患者は診断が難しく、また多臓器に固有の合併症をきたします。医師向けに問診と診察の意義についての私見を書いた下記のエッセーをご参照ください。
平日9:00~16:00にお願いいたします。ナビダイヤルで応答いたします。
平日の9:00~17:00にお願いいたします。
内科医、循環器医としてこれまで300人以上の高安動脈炎の患者さんの診療をして参りました。現在榊原で継続診療している方が100名近くおられ、2021年にも10数名の初診患者さんを拝見しています。
どの病院も医師も多数の患者さんの診療される事が少ない疾患で、なかなか経験が蓄積されて参りません。診断が難しいケースも多く、医療機関を受診しても診断されない方や、血管以外の合併症に気付かれないこともしばしばあります。また病気が長期にわたるため疾患による苦痛に加えて、理由が説明できない症候も多く、そのため周囲の理解を得がたく、精神的にも大変辛い思いをされている方が多いご病気です。少しでもこのご病気の患者さんのお役に立ちたいとの思いで診療を続けています。
患者の皆さんは正しい知識を得て、主治医ともよく相談され、根気よくご病気と付き合って下さい。